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KIRIN PAGE

プランナーの戯言

それでも僕はやってないと言えるか

日記

2017年が明けました。めでたいめでたい。
2016年も気づけばあっという間に過ぎ去り、ジャネーの法則をしっかりと体感している今日この頃です。どうもどうも。

振り返ってみると去年は転機の年だった。
結婚式、新婚旅行に始まり、念願叶って転職も決めることもできた。本当に良い年だった。

転職先は良い企業で、規模は申し分なく、何よりも今までの経験を活かしながらも、新たな職種で自分がやりたいことができる。
今からワクワクなわけです。

ただ、やはり不安も大きい。
そりゃ環境が一変するわけで、多少は仕方ないとは思う。
ただ、見過ごせない不安がある。それは通勤だ。

前職では、会社の近くに自宅があったので、自転車通勤をしていた。
片道およそ15分のサイクリング。
これが気持ちの切り替えに役立っていた。無心で自転車をこぐことで、ふっと企画のアイデアが浮かぶこともあった。
それが、転職後は電車通勤となる。

電車通勤。
生気のない顔をしたおじさん達が、すし詰めになって、遠くまでドナドナと運ばれていくアレだ。(あくまで個人のイメージです。)

それだけでも恐怖ものなのに、もっと恐ろしいものが…痴漢冤罪。
電車通勤の男性にとって、これほど怖い四文字熟語はないんじゃなかろうか。
かつて加瀬亮さんが熱演した映画「それでも僕はやっていない」で、一躍社会問題となった。

まずもって言っておきたいのは、そもそも痴漢をするような輩が存在するから、冤罪が生まれるのであって、痴漢は男女および全人類の敵であり、もれなくさっさと生まれ変わって、人生をやり直して欲しい。

話を痴漢冤罪に戻すと、最近、NHKの「ねほりんぱほりん」という番組で、痴漢冤罪の被害者の裏側に迫るという放送があり、タイムリーな話題だったので、テレビにかじりつくように観た。

まず、痴漢の場合、起訴されると99%が有罪となる。そのため、本当は犯していない罪を認め、示談に応じ、起訴を免れる方が多いそうだ。

示談に応じず、無実を訴えた方が番組にも登場していたが、その先に待っているのは地獄だ。
まず、裁判に時間がかかる。いくらこちらが無実を主張していても、一旦起訴されてしまえば、会社はさすがに待ってくれない。間違いなく退職を迫られる。最悪の場合は解雇だ。

もし無罪を勝ち取っても、無実の罪を晴らすために長い時間を使っただけで、何も残らない。
クビになった会社には戻りづらいだろう。本当に悲惨だ。

僕としては、結婚をして自分ひとりの人生ではなくなったので、家族を守るためにも、しっかりと対策を考えておかなければならない。

以前、よく聞いたのは「痴漢に間違われたら、その瞬間に走って逃げる」という対策法だった。駅の事務所に通された時点で、警察に捕まり、もうその後は先ほど述べた通りなので、それを回避するためらしい。
ただ、これもどうやら最良の策とは言えないようだ。
最近では、監視カメラやICカードの履歴から個人が特定できるようになっていて、たとえ逃げ切れたとしても、あとで捕まってしまう。その場合は、逃げたことが仇になる。
狭い取調室で、顔にライトを当てられながら、「やってない?じゃあなんであの時逃げたのかな?」
と、優しい口調ながらも、怒ると鬼瓦のような顔になる刑事さんに問い詰められる羽目になる。

そういうわけで、最近オススメされているのは、疑われた時点で大声で 「痴漢に疑われています!!助けてください!何か見た人は証言してください!」 と叫ぶことらしい。
突然ホームで叫ぶことになるわけで、相当恥ずかしいが、実際に冤罪にあったらそうは言ってられない。

駅のホームで「それでも僕はやってない!」と言えるのか。それが生死を分ける。 いざという時のために、家で練習しておかなければ。